モノクロ・フォトエッセイ:後藤 敏文



私にとって「イメージ」それ自体が「私」を表現する手段の一つでもあります。 懶惰な生活の私が「寂減為楽」を知る歳になり、心理学者フランクルの「人 間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている。 だから人間は、ほんとうは、生きる意味を求める必要なんかないのである。人 間は、人生からの問いに答えなくてはならない。人生に責任を持って答えなく てはならない。そしてその答えは、人生からの具体的な問いかけに対する具体 的な答えでなくてはならない。」(医師による魂の癒し)より。

役割を終えた物のもつ「生」へのきびしさと美しさに出会った時、生とは生 きうるかもしれないという、空想にすぎなとおしえられた。私たちすべての生 に降り注がれる「光」を通して表現したい。 私自身、「モノクローム」の世界との出会いである。「墨は五色を発す」この ことは、自分にとってひとつの「なすべきこと」、「満たすべき意味」を私は問 われていると思う。 モノクロームの世界は、私にとって残余の生をはげましてくれる。

ひとのいのちは、どれほどあるというのだろう(どれほどもない)結局は、 本来の形のないものにもどってしまうのだ。 


 

後藤敏文

後藤敏文/銀・ギラ・Ag 2010写真展出品


© 銀・ギラ・Ag  gingiragin 2015