モノクロ・フォトエッセイ:井筒 良丞


最近になって白黒写真が注目されるようになったと感じています、デジタルカメラにも白黒モードなるものが付いたり、カ ラー現像処理が出来るモノクロネガフィルムが店頭に並ぶようになったりということもあります。また、パソコンの家庭用プリンターにおいても白黒プリントを 売り文句にする商品もいくつかあるようです。

これらのことは単に懐かしいとか、カラーと赴きが違うからだけではないように思います、白黒写真自体にひとを引き付ける魅力があるからでしょう。

私は大学時代に、ファインプリントと呼ばれる写真を写真展で初めて見ました、その時はアンセル・アダムス、エドワード・ウエストン、ウィン・バロックなどの作品でしたがそのときの感動はいまでも覚えています。

それまで白黒写真というと高校の写真部時代にプリントしたものや、家にあった昔の写真 でしか見ることがありませんでした、これは本物のプリントという意味ですが、それにしても当然でしょうがそれらとは次元の違う、本当に美しく、すばらしい 写真に驚きました。そのときは大きなフィルムをつかえばこんな写真が出来るのだろうぐらいしか思っていませんでしたが、それが間違いであることはやがて理 解できました。

そのような経験があって今でもプリントを続けていられるのですが、残念なことに銀塩写 真の先行きはあまり明るくありません。印画紙はなくなるいっぽうですし、フィルムも銘柄が少なくなってきています、これはデジタルの普及によるものです が、良い印画紙も次々に姿を消すのは寂しい限りです。

我々は作品作りをしています、ですからもしデジタルで銀塩とまったく同じものを作ることが出来ればデジタルによる作品作りを喜んですることだと思います。しかしそれをしないのは銀塩でしかできない表現があるからです、保存性もそのうとつだと考えます。

私のもっとも好きな写真は1930年頃プリントされたものです、もしかしたら今デジタルで作った写真もそのままの状態で70年後もあるかもしれません、しかしそれは計算上の話ではなく実際に時間が経ってみないと分からないと思っています。もし70年ぐらいたって銀塩プリントと遜色ない写真が残っていたらそのときはデジタルの作品作りを始めようと思います。

井筒良丞

井筒良丞/銀・ギラ・Ag 2010写真展出品「いつかの海」より


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